とんだ10年の節目

うちの柴は、すでに10歳を過ぎています。二桁の年齢となるため、直前の心境について、以下のような記事をアップしたことがあり、長いようで短いような、そんな気持ちなどを綴っています。

 

 

しかし、今回の記事タイトルにあるように、とうとううちの柴と暮らしてから、10年となりました。正確には、今月(2015年4月)の23日で10年目となり、10歳を迎えた時と同様、長いようでありながらも、短いような気持ちがしています。正直、こんなバカ犬と10年も暮らしているのか、という思いもあります。10年経っても、子供のようであり、少しは大人になれ、などと思いますが、そうだからこそ、子供代わりにもなってしまうのでしょう。(笑)

 

けれども、わたしのようなズボラな者が、柴犬と10年暮らし続けられたことは、幸運かもしれません。このサイトの中でも、実家での室外飼いの経験に触れた記事がありますが、7年程度でした。高齢犬と呼ばれそうなところで亡くなり、しかも、わたしが実家を出てから間もなくのことでもあり、最期を見届けられなかったことについては、悔いがないとは言えません。手前味噌ではないですが、亡くなった犬の面倒を見続けていたのがわたしだったので、実家を出ると決まった時、犬も連れて行こうと思っていました。

 

しかし、いざ不動産屋へ行くと、そのことがすっぽり頭から抜けていました。わたしもまた、いい加減な思いがあったのかもしれません。もっとも、90年代半ばでは、ペットを飼える賃貸物件を探し出せたかと言えば、難しかったでしょう。高級物件であれば問題なかったかもしれませんが、学生を終えたばかりのわたしでは、到底入居できる訳がありません。拾ってきた犬とはいえ、これもまた、運命であったと思うしかないのでしょう。

 

こういう経験を今の柴に反映させていることは、否定しません。たとえば、散歩で車通りにいきなり飛び出しそうな時があります。急いでリードを引き、思わず、バカ危ない、と言ってしまいますが、内心ほっとしていることも確かです。また、狭い通りで対向車が現われた時、わたしの後ろに行かせ、横並びにはしないようにしています。人であっても同様であり、できる限り、自分の制御が効かないようところへ行かせないようにしています。それだけ大事にしているんだ、と思われるかもしれませんが、死に目は自分が見るんだ、という気持ちがあることは確かでしょう。飼い主であれば当然かもしれませんが、先の犬以外のことでも、うちの柴に反映させていることがあり、それもまた、大きな要因になっていることでもあります。

 
 

ともあれ、振り返れば、10年一緒に暮らし、繰り返すようですが、長いような短いような、変な気持ちです。すでに犬との生活が日常化し、犬の世話が生活の一部となっています。食事と散歩はもちろん、便の処理などもまた、わたしがしています。こんな面倒なことをするとは、若い時分では考えられませんでしたが、為せば成る、とはまさにこういうこともかもしれません。(笑)

 

しかし、こういう記念すべき10年目であるのに、いや、そうだからでしょう。つい最近まで、うちの柴の生理で疲れ果てていました。この10年の間でも、うちの柴の生理を経験しましたが、今回のものは、特に面倒だったと思います。今年の3月頃から子宮が腫れ出し、血が出て来ました。汚れてもいい安価なカーペットを敷いているので、血については、ああいつものことだ、と思いました。けれども、今回のケースでは、排尿が非常に多かったです。

 

一昨年の年末から実家に戻っていますが、間取りの関係から、六畳ひと間にうちの柴と暮らしています。以前よりは、身近になり、トイレも近くにあります。大きいサイズなので押し入れに置き、行き来できるように戸を開けています。しかし、わたしが仕事や食事もするので、カーテンを引いています。こういう状況なので、少しの排尿でも、こまめにシーツを片付けるようにしています。

 

前のマンションであれば、犬との間に少し距離があったので、正直、許容できると思えば、そのままにしていました。けれども、先で触れているように、現在の状況では、そうは行きません。もしかしたら、トイレの片付けは、前よりも神経を使うようになったかもしれません。そのため、うちの柴が、頻尿となれば、それだけ片付ける回数が多くなり、それだけ疲れます。いつもなら、散歩の前に、一回するかしないかです。しかし、今回の生理では、散歩の前に2、3回、帰ってきて、わたしが寝るまで2、3回、散歩の時でも、10回程度まで、排尿しました。いつもと異なるため、イライラしてしまったこともあります。

 

また、実家は2階建てで、わたしとうちの柴が2階にいます。時折下に行くと、うちの柴が鳴くこともありました。ク~ンク~ンといった声で、生理の時の甘えのようでした。とりわけ、風呂に入っている時がひどく、母から、猫のようだね、と言われました。もちろん、そういう甘えた声を出した時も、排尿していました。これが約2週間続き、発情期とはいえ、高齢犬でもあるので、なんかの病気かな、と思いました。このサイトでも触れている「柴犬の飼い方・しつけ方」を読み返し、通常の生理でなければ、子宮蓄膿症かもしれない、などと思ってしまいました。けれども、食事をしっかり取り、元気に散歩もしていたので、我慢かな、とも思っていました。

 

こういう状態が、先週の始め頃から変わりました。排尿回数も甘える声も減り出しました。そうして、土曜日頃からピタリとなくなり、今では、いつも通りのバカ犬に戻っています。(笑) もっとも、何かしらおかしなことがあれば、掛かり付けの獣医に診せるつもりでした。それは今でも変わっていません。やはり、10歳と言えば、高齢犬に入り、わたしも高齢犬を飼うのは未経験であるので、慎重に対処したいと思っています。ちょうどフィラリア予防が始まる頃であり、血液検査が必要ない薬を使っていますが、上記のような経験をしたので、うちの柴を連れて行こうとも考えています。

 

ようやくお熱い気分が冷め切ったからでしょうか? これを書いている最中、隣で寝ています。スヤスヤした表情をし、ついコノヤローと殴りたくなります。(笑) 10年間、犬の飼い主をして来たとはいえ、まだまだ分からないことばかりで、これからも色々なことがあるのでしょう。けれども、綺麗事ではなく、繰り返すようですが、死に水は自分が取らなければ、と思っています。

 

 

とんだ10年の節目。

 

まったく、「バカ犬とバカ飼い主の親子」らしいです。

 

 



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